『椿』

夕方過ぎの締め切りまでの傘を貼りつつ 独り呟く
「俺のふところ何もないのだ」
紙入れの中のぞいて汗が流れた

兄弟たちの争い絶えず
ずっと部屋住み 望み無かった
後継ぐなどは恐れ多くて
生まれた家にサラバと告げた

「いつしか見ていろよ、一代名を成してやる」
追い出す兄の手を 払えず心の中で誓う

先立つものは無いと知るから
倹約の日々 全ては金だ
いつか屋敷に大きな門に
綺麗な嫁を迎えまた友を呼ぼう

腰の刀は 抜くこと無いが 質には入れぬ俺の魂

命かけた道の 紡ぎだした未来
背中に忍び寄る 宵闇 人影 やいばの傷

斬りこむ腕に 勝利誓えど
返り打たれる不安はよぎる
それでも俺は 俺は男だ 思い返して
力集め剣握る

今も信じているさ いつも忘れるものか
剣振るう俺の手は 届かぬ儚き夢の証

助けた人の 屋敷の離れ
静寂の音 外を見つめる
庭の椿に大きな花が 綺麗な花が咲いているから
池のみなもが 赤く移ろう
振り向き肩越し 襖の隙間
椿が揺れる 秋風誘う さだめを待ちて
晴れたなら空に笑おう
晴れたなら空に笑おう